商標情報を利用した事業分析に関する考察

  本研究は,事例分析を通じて,商標情報を利用した事業分析に関する考察を行うことを目的とする。具体的には,本研究は,事例分析により,商標情報を利用した事業分析が可能であるかを検討すると共に,どのような視点で分析をするのが有効かを検討することを目的とする。

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商標情報を利用した事業分析に関する考察

乾 利之,田中 義敏*

 

IPNJ国際特許事務所,**東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科

 

How can we analyze business by using trademark information?

Toshiyuki Inui,  Yoshitoshi Tanaka**

 

IPNJ PATENT ATTORNEYS OFFICE, New State Mener-building 325, 2-23-1 Yoyogi, Shibuya-ku, Tokyo, 151-0053 Japan

** Graduate School of Innovation Management Tokyo Institute of Technology, 908N, Campus Innovation Center, 3-3-6, Shibaura, Minato-ku, Tokyo, 108-0023 Japan

 

Abstract: Trademark is studied and created by multiple departments, including the department in charge of the business in commercialization. Trademark information includes information of goods classification, designated goods or services, and trademark. The Relation to business and trademark information is strong. In this study, we analyzed the business of the A company by using the trademark information. Specifically, we analyzed trademark information each viewpoint goods classification and designated goods or services. In addition, we analyzed the business information using the analysis result of the trademark information. As a result, we have found that business analysis by using trademark information is valid.

1. 背景および研究目的

 知財情報は,各業界全体および企業の動向分析や将来予測分析等に利用されている。知財情報の代表例として,特許情報や商標情報があげられる。

知財情報のうち,特許情報の利用が進んでいる。特許情報は,特定技術分野における特許出願同士の関係を見出しやすく,継時的な変化を把握するのに適している。そのため技術動向予測の分析や将来予測の分野において利用が進んでいる [1]。

 これに対し,商標情報の利用は不足していると考える。商標情報は,商標出願同士の関係があまりなく,継時的変化の把握には適さない。そのため,商標情報の利用は,登録性等の分析や,先行商標調査等において利用されるに留まっている。

 しかし,商標権の利用率は特許権の利用率よりも高く [2],商標は,事業との関連性が強いという特徴がある。具体的には,商標出願は,企業内において事業化が検討され決定された新商品やブランドについてなされている。言い換えると,商標情報は,事業を担当する部署が新商品について検討した結果 [3] [4]を示す情報である。商標情報は,各企業の事業活動を分析するための情報として有意義な情報であるといえる。

 そこで,本研究は,事例分析を通じて,商標情報を利用した事業分析に関する考察を行うことを目的とする。具体的には,本研究は,事例分析により,商標情報を利用した事業分析が可能であるかを検討すると共に,どのような視点で分析をするのが有効かを検討することを目的とする。

 

2.商標情報の概要および研究手法

2.1. 商標情報の概要

 商標登録を受けようとする出願人は,必要事項を記載した願書に必要な書面を添付して特許庁に提出する(商標法第5条第1項)。願書には,出願人の情報,商標登録を受けようとする商標,指定商品・役務(サービス),商品・役務の区分等が記載される。出願の内容は,出願から一定期間後,または,登録後に公開される(商標法第12条の2,商標法第18条第3項)。公開された出願内容は,商標情報として利用可能となる。商標情報は,出願日や登録日等の書誌事項や,願書に記載された商標,指定商品・役務,商品・役務区分等である。本研究においては,特に指定商品・役務区分および指定商品・役務に注目する。

 ここで,商標出願は,商標を特定し,該特定した商標を使用する商品・役務を(複数)指定してなされる。商標出願には,実質的に「商標+各指定商品・役務」からなる複数の出願が含まれているといえる。本研究において,「商標+各指定商品・役務」の数である「出現数」と,その合計である「延べ数」について検討することで,対象企業(下記A社)における事業活動を分析することを試みる。

 また,商品・役務の区分(以下「商品区分」)は,特許庁において審査や権利の広さを勘案して規定されたものであり,商品分野や範囲の広さの参考になる。商品区分に関しても,各商品区分の出現数,延べ数について検討することで,対象企業(下記A社)における事業活動を分析することを試みる。

 

2.2.研究手法

 事例分析の対象企業として,「商標出願動向調査報告書(概要)企業のブランド構築に着目した商標の出願・活用に関する状況調査 平成23年度(特許庁)」においてグローバル企業30社に選ばれている化学系企業のA社を選定した。そして,以下の情報を取得すると共に,取得した情報を整理・分析した。

 

2.2.1.情報取得

①事業情報

 選定されたA社における事業活動に関する情報を取得した。

 まず,有価証券報告書より,事業区分と,各事業区分に含まれる商品群の情報を取得した。その内容は,下表1に示す通りである。

 また,有価証券報告書より,売上および利益に関する情報を取得し,事業区分ごとに整理した。

②商標情報

 A社の商標情報を取得した。特許電子図書館(IPDL)利用して,A社が2008年~2012年に出願した商標出願に関する情報を取得した。

 

2.2.2.分析方法

 取得した情報を下記視点で分析した。

①商品区分(類)を視点とした分析

・商品区分の数を視点とした分析

 各年ごとに,出願1件に含まれる区分数(区分数/出願)を算出した。そして,区分数の推移等により,事業形態の変化等の把握を試みた。また,算出された区分数と平均的な区分数とを比較することで,事業活動の特徴やルール等の把握を試みた。

・ 商品区分の内容を視点とした分析

 各年ごとに,各商品区分の出現数および延べ数に対する割合を算出した。そして,算出結果に基づいて,各商品区分の重要度の把握を試みると共に,その推移を把握することで事業形態の推移の把握を試みた。また,A社における各事業との関係を確認した。

 また,第1類~第34類(商品区分)の出現数・割合と,第35類~第45類(役務区分)の出現数・割合とを比較することで,事業形態の変化の把握(例えば,サービス業務が増加)を試みた。

 

②指定商品・役務を視点とした分析

・出願1件に含まれる指定商品・役務の平均数

 各年ごとに,出願1件に含まれる指定商品・役務の平均数を算出した。そして,算出された指定商品・役務の出現数と,出願1件に含まれる平均的な指定商品・役務数とを比較することで,事業活動の特徴やルール等の把握を試みた。

・指定商品・役務の種類の数

 各年ごとに,指定商品・役務の種類数を算出した。具体的には,各年ごとに全指定商品・役務から重複を排除して整理した後,指定商品・役務の種類をカウントすることで,指定商品・役務の種類数を算出した。そして,各年における指定商品の種類数,言い換えると,対象企業が各年において商標を使用または使用候補とした指定商品・役務の種類の数の把握を試みた。

・各指定商品・役務ごとの出現数

 各年ごとに,各指定商品・役務種類ごとの出現数を算出する。各年ごとに,出現数の多い指定商品・役務,つまり,事業面において重要な指定商品・役務の把握を試みた。特に,上位50位相当までの指定商品・役務について,その内容と件数・推移の把握を試みた。

 また,上位50相当までの指定商品・役務を,表1に基づいて各事業(ビューティーケア事業,ヒューマンヘルスケア事業,ファブリック&ホームケア事業,ケミカル事業)ごとに分類し,各事業ごとに対応する指定商品・役務の出現数の合計を算出した。そして,各事業ごとの合計数により,A社の主力事業の把握や各事業の商品数の特徴(商品数が多い/少ない)の把握を試みた。

 

③事業情報の分析

 商標情報の分析結果を利用した事業情報の分析を試みた。商標情報の分析結果と売上や利益等の事業情報とを組み合わせて分析することで,各事業の特徴等の抽出を試みた。例えば,各事業に対応する指定商品・役務の出現数の合計と,売上(世界・国内)・利益との関係を分析することで,事業戦略や特徴等を把握できるかを確認した。

 

④その他

 上述の通り,色々な視点で分析を行い,商標情報を利用した事業分析の可能性および分析に有効な視点を見出すことを試みた。

 

3.結果および考察

3.1. 商品区分を視点とした分析

3.1.1 商品区分の数を視点とした分析

①出願1件に含まれる商品区分数(区分数/出願)は,1.18~1.264である。具体的には,出願1件に含まれる商品区分数は,2008年が1.118,2009年が1.212,2010年が1.205,2011年が1.264,2012年が1.254である。出願1件に含まれる商品区分数は,年々増加傾向であることがわかる。 

 ここで,平均的な出願1件に含まれる商品区分数は1.7であることから,A社における出願1件に含まれる商品区分数は通常の企業に比べて少ないことがわかった。この理由として,例えば、ブランドが細分化されていて,その結果,出願1件に含まれる区分数が少なくなったことや,A社の事業に関係する指定商品・役務が同じ商品区分に多く含まれていること等が考えられる。

 

②次いで,出願1件に含まれる区分数が年々増加傾向であることからは,複数商品区分にまたがる新ブラントがつくられたこと,既存ブランドのカバー範囲が広くなったことや,コーポレート商標が増加したこと等が考えられる。

 

3.1.2 商品区分の内容を視点とした分析

①表2により,代表的な商品区分(類)の出現割合(全区分の出現数の合計に対する各区分の出現数の割合)を示す。表2に示すように,第3類の割合は65.73~70.57%であり,他の商品区分に比べて抜きんでて高い割合であることがわかる。第3類の商品がA社の主力製品であることがうかがえる。第3類の区分名称は洗浄剤および化粧品である。次いで,第5類,第21類等の割合が高く,第5類は2.87~8.71%であり,第21類は3.18~7.55%である。第5類の区分名称は薬剤(生理用品やオムツ等が含まれる)であり,第21類は家庭用又は台所用の手動式の器具,化粧用具,ガラス製品及び磁器製品である。

②また,第1類~第34類(商品の区分)の出現数・割合と,第35類~第45類(役務の区分)の出現数・割合とを比較する。表3に示すように,年々役務(サービス)区分の割合が増えていることがわかる。事業形態に変化が生じていることをうかがわせる。

3.2. 指定商品・役務を視点とした分析

①出願1件に含まれる指定商品・役務数は,5.035~8.068である。具体的には,2008年が5.901,2009年が7.295,2010年が5.035,2011年が8.068,2012年が6.470である。出願1件に含まれる指定商品・役務の平均的な数は10程度であることから,A社における出願1件に含まれる指定商品・役務の数は平均よりも少ないことがわかる。このことより,A社において,指定商品・役務に関するルールや,事業ごとの指定商品・役務の基準(ひな型,定型)が存在することがうかがえる。

 

②指定商品・役務の種類数は,203~377種類である。具体的には,2008年が280種類,2009年が377種類,2010年が203種類,2011年が226種類,2012件が302種類である。2009年における指定商品・役務の種類数が多く,この時期に事業領域が拡大された可能性がある。

 

③表4により,出現数が上位の指定商品・役務(一部)を示す。表4において,出現率が上位の指定商品・役務を,出現数の多い順に並べて表示すると共に,事業ごとに色分けして表示する(黄色:ビューティーケア事業,青色:ヒューマンヘルスケア事業,緑色:ファブリック&ホームケア事業,紫色:ケミカル事業)。表4に示すように,せっけん,化粧品,香料類は,他の指定商品・役務に比べて出現率が高く,各年において上位となっている。各商品の出現数/出願件数は70%前後である(ここでは結果の数値のみ)。つまり,商標出願全体の70%にせっけん,化粧品,香料類が含まれているということであり,これらは,A社において非常にウェイトの大きな商品群であるといえる。

④表5により,上位50位までの指定商品・役務の出現数を事業ごとに集計した結果を示す。まず,表5に示すように,上位50位相当の指定商品・役務で,出現率の72.45~88.33%を占める。上位50位相当までの商品等は,A社の商品構成において大きな割合と占める。また,表5に示すように,出現数は,ビューティーケア事業が最も高く,次いでヒューマンヘルスケア事業,ファブリック&ホームケア事業が同程度で続き,ケミカル事業が最も少ない。具体的には,ビューティーケア事業が43.1~63.29%,ヒューマンヘルスケア事業が11.37~16.28%,ファブリック&ホームケア事業が4.75~22.7%,ケミカル事業が0~1.77%である。

3.3.商標情報の分析結果を利用した事業情報の分析

①図1により,出現数(以下,本項目において件数という)と売上との関係について説明する。なお,各事業ごとの件数(出現数)は,上位50位相当の指定商品・役務の出現数を各事業ごとに集計した値を用いる。図1に示すように,事業ごとに傾向が異なることがわかる。具体的には,ビューティーケア事業はグラフの上側の中央から右領域(右上)に集まり,ヒューマンヘルスケア事業は下側の左領域(左下)に集中し,ファブリック&ホームケア事業は上側の左領域(左上)に集中し,ケミカル事業は左下の領域であって最も左側に集中しヒューマンヘルスケア事業よりも上側に位置する。事業の特徴を分析するならば,ビューティーケア事業は「多商品・高売上」,ヒューマンヘルスケア事業は「少商品・低売上」,ファブリック&ホームケア事業は「少商品・高売上」,ケミカル事業は「極少商品・中売上」となる。A社は,経営上問題となる「多商品・低売上」の事業がないように見える。

②図2により,件数と利益との関係について説明する。図2に示すように,事業ごとに傾向が異なることがわかる。具体的には,ビューティーケア事業はグラフの下側の中央から右領域(右下)に集まり,ヒューマンヘルスケア事業は下側の左領域(左下)に集中し,ファブリック&ホームケア事業は上側の左領域(左上)に集中し,ケミカル事業は左下の領域であって最も左側に集中しヒューマンヘルスケア事業よりも上側に集中する。事業の特徴を分析するならば,ビューティーケア事業は「多商品・低利益」,ヒューマンヘルスケア事業は「少商品・低利益」,ファブリック&ホームケア事業は「少商品・高利益」,ケミカル事業は「極少商品・中利益」となる。ここで,ビューティーケア事業が「多商品・低利益」に位置しているため,A社は,利益面においては課題を有しているとも考えられる。

 上述より,商標情報を利用した事業分析が可能であることが示唆された。また,商標情報の分析結果を利用した分析は,各事業ごとの商品数と売上・利益の関係(例えば,多商品・低売上,少製品・高売上等)の特徴の抽出が期待できる。

 

4.おわりに

 商標は,事業化において当該事業を担当する部門を含めた複数の部署により検討される。商標出願は,事業化に関して検討された内容・結果を反映するものである。つまり,商標(商標情報)は,企業内における事業を担当する部署の戦略や意図を反映するものの一つである。また,商標権の利用率は,特許権の利用率よりも高く,商標情報は事業との関連が強いことが期待される。

本研究では,A社の商標情報および事業情報を取得し,以下の視点で分析を行った。具体的には,商標情報を商品区分,指定商品・役務の視点で分析すると共に,商標情報の分析結果を利用した事業情報の分析を試みた。

 その結果,商標情報を分析することで,事業の特徴や社内ルール等を見出せる可能性が示唆された。分析にあたり,商標出願を指定商品・役務ごとに分解し,各指定商品・役務ごと,各事業ごとに再集約しその出現数や延べ数を分析・利用することで,より詳細な情報を得ることができた。

 また,商標情報の分析結果を利用して事業分析をすることは,その有用性が示唆された。商標情報の分析結果と売上・利益等の事業情報とを組み合わせることで,事業活動の特徴等が見出せる可能性が示唆され,その有用性が示唆された。例えば,各事業ごとの商品数と売上・利益の関係(例えば,多商品・低売上,少製品・高売上等)の特徴の抽出が期待できる。

 本研究においては,事例分析を通じて,商標情報を利用した事業分析の可能性が示唆され,また,その分析における有効な視点も複数示された。

 

参考文献

[1]特許庁, "特許出願技術動向調査等報告," [Online]. Available:ttp://www.jpo.go.jp/shiryou/gidou-houkoku.htm. [Accessed 19 7 2014].

[2]特許庁, "知的財産活動報告," 平成25年. [Online]. Available:ttps://www.jpo.go.jp/shiryou/toukei/tizai_katsudou_list.htm. [Accessed 19 7 2014].

[3]特許庁, "-企業における個別商品・役務等に係る商標出願戦略等状況調査-(要約版)," 商標出願動向調査報告書, p. 14, 平成19年度. 

[4]特許庁, "企業のブランド構築に着目した商標の出願・活用に関する状況調査," 商標出願動向調査報告書(概要), p. 20, 平成23年度. 

 


 

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