現在、IoTを含めITにおける構造は「クラウド集中型」が主流である。しかし、「データ量の増大」に起因する課題や、IoTが故の「リアルの厳しさ・要求の高度化」に起因する課題が生じており、「クラウド集中型」では対応しきれない状況になりつつある。
従来、IT・情報処理の業界においては、サーバ機能やネット環境に応じて、集中処理と分散処理の時代が交互に訪れている(図1)[2]。この流れを参照すると、クラウド集中における限界を解決するため、少なくとも部分的には「分散処理化」が進行すると考えられる。
本研究では、IoTの分散処理化への対応度合いを調査すると共に、IoTの分散処理化における権利保護に関する課題を抽出し、対応案を検討する。
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(IPNJ国際特許事務所 弁理士)乾 利之・(東京工業大学大学院 教授)田中 義敏
Study on protection of distributed processing IoT system
IPNJ PATENT ATTORNEYS OFFICE Toshiyuki, Inui;
Department of Industrial Engineering and Economics, School of Engineering, Tokyo Institute of Technology Yoshitoshi, Tanaka
★一部の図表を学会発表時の図表に差し替えておりますので、図表の番号等の整合があわない箇所もあると思いますが、ご了解願います。
1.背景および目的
近年、様々な「モノ(例えば、センサーを有するスマートデバイス)」がインターネットに接続されるIoT(Internet of Things)が急速に進行している。例えば、このインターネットにつながる「モノ」の数は、2000年には2億個であったが、2013年には100億個、2020年には500億個になるとも予測されている[1]。
現在、IoTを含めITにおける構造は「クラウド集中型」が主流である。しかし、「データ量の増大」に起因する課題や、IoTが故の「リアルの厳しさ・要求の高度化」に起因する課題が生じており、「クラウド集中型」では対応しきれない状況になりつつある。
従来、IT・情報処理の業界においては、サーバ機能やネット環境に応じて、集中処理と分散処理の時代が交互に訪れている(図1)[2]。この流れを参照すると、クラウド集中における限界を解決するため、少なくとも部分的には「分散処理化」が進行すると考えられる。
本研究では、IoTの分散処理化への対応度合いを調査すると共に、IoTの分散処理化における権利保護に関する課題を抽出し、対応案を検討する。
2.「クラウド集中」から「分散処理化」へ
1)IoTにおける「クラウド集中」の課題
(1)データ量の増大
まず、IoTにおける「クラウド集中」の課題として、「データ量の増大」があげられる。IoTにおいては、多数のセンサ・デバイスから各種データが連続的に取得・送信される。従来のITシステムにおいて取得・送信されるデータ量と比較にならないほどのデータが取得・送信される [3]。「データ量の増大」により、例えば、「通信量:データ送信網への過剰負荷」「データ処理:サーバ処理負荷の増大」「応答時間:遅い」「クラウドサーバが海外:応答時間、送信網への負担」等の課題が生じる。
(2)リアルの厳しさ・要求の高度化
次いで、IoTにおける「クラウド集中」の課題として、「リアルの厳しさ・要求の高度化」への対応があげられる。IoTシステムは現実社会において実装されるシステムであり、現実社会に存在する各種装置・機器等が実際に駆動・移動等される。そのため、従来のITシステムに比べて、非常に厳格な精度、応答性や安全性が要求される。「リアルの厳しさ・要求の高度化」への対応において、例えば、「応答時間:即応性」「耐故障:故障許されない・ゼロノックダウン」「セキュリティ」「個別最適対応」等の課題が生じる。
(1)フラット分散型
分散処理型の「理想型」の一つは「フラット分散型」(図3)である。「フラット分散型」においては、各ノード(端末・機器等)が互いに連動して自律・協調型のシステムを形成する。「フラット分散型」においては、上述の課題に好適に対応可能である。特に「耐故障」「応答時間」「個別最適対応」等に対して、好適に対応できると考えられる。
(2)エッジ・フォグ型
「フラット分散型」が理想ではあるが、現状の「クラウド集中型」から一気に「フラット分散型」に移行することは現実的には困難である。IoTシステムは、「フラット分散型」を目指しつつ、当面はエッジサイドで分散処理を行うフォグ層を形成する「エッジ・フォグ型」に移行すると考えられる。更には、端末・機器同士が互いに連携する「フラット分散型」を一部に含む「エッジ・フォグ+α型」(図4参照)に移行すると考えられる。
ここで、「エッジ・フォグ型」は、いわゆるエッジ・コンピューティングのことであり、大量の情報を組み合わせて判断すべきことはクラウド側で処理し、情報量が限られていても判断できる事項・短応答時間が要求される事項はエッジ側・フォグ層で処理することで、「クラウド集中型」の課題を解決可能に構成されている。「エッジ・フォグ型」は、例えば、自動運転車制御、BEMS(ビルエネルギー管理システム)、HEMS(ホームエネルギー管理システム)等に活用される。
3.分散処理化の進行への対応度合に関する調査
1)調査方法
IoT分野の特許公開公報を下記条件で調査し、分散処理化への対応度合いを調査した。
(1)使用DB:JP-NET
(2)検索条件:ファセット分類=ZIT(IoT分野)× キーワード=(分散+負荷軽減+負荷低減+エッジコンピューティング+フォグ)×公開時期
(3)公開時期(調査対象期間):2014年~2017年の各年(※2017年は1月~9月)
(4)上記調査で抽出された特許公開公報の発明が分散処理化に対応したものであるかを確認した(「分散処理してもよい」のような付言的な記載のみの発明は除外した)。
2)調査結果
2014年~2017年(※)における「IoT全件」、「検索ヒット」、「分散処理」の各件数を表1に示す。調査結果より、検索ヒットの件数が増加傾向にあることから分散処理への意識は年々強くなってきているものの、IoTの分散処理化に本格的に対応している特許出願は少ないことが分かった。
これにより、IoTの分散処理化への対応が今後の課題であることが分かった。
4.IoTの分散処理化の進行により生じる権利保護における課題の抽出と対応策
1)ITの課題(IoTとも共通)
以前の研究により、IT関連発明の保護における課題として、下記が提示されている[4]。
・「複数主体」による実施に対して「直接侵害」が認められにくい。
・「複数構成物(例えば、サーバ+端末)」のうち一つが海外に配置されている場合、直接侵害および間接侵害ともに認められにくい。
・必要なクレーム数が非常に多く、通常のクレーム数で発明を完全にカバーするのは困難。特に、ブロードバンド化およびスマートフォン普及により、発明構成要件がサーバと端末のいずれに存在しても良くなり、必要なクレーム数は更に増加した。そのため、通常クレーム数で発明を完全にカバーするのは更に困難。
2)IoT特有の課題(一般)
・ビジネスモデルの変更:物の製造販売だけでなくサービスの実施・提供も必要
・IT+各技術分野の理解:技術的理解、特有の事項、法規制の理解が必要性
・ビジネス態様と技術態様との双方の視点:ビジネス+技術保護に適したクレーム
・複合視点での保護が必要:IoTビジネスはBD・AIを含み、特許のみでの保護が難しい場合がある。著作権、不競法、および契約で総合的に対応する必要がある。
3)IoT分散処理化により生じる課題
「エッジ・フォグ+α型」のシステムは、「分散化」と「協調・自律化」の特徴を有する。「分散化」においては、「システムの多段化」+「エッジ・フォグ層の形成」が実施されている。「協調・自律化」においては、フォグ・エッジ層における各サーバ同士の連携や端末・機器同士の連携が実施されている。
上述の通り、「エッジ・フォグ+α型」のIoT分散処理型のシステムにおいては、「複数のシステム」が内在することになる。「エッジ・フォグ+α型」システム発明の権利化においては、上記「複数のシステム」を適切に発掘・把握することが非常に重要となる。
4)上記課題に対する対応策の例
(1)ITの課題(IoTとも共通)への対応策
上述の以前の研究より、完全な対応は困難であるとして、次善の策が提示されている。
・システムクレームにおいて、不必要な限定しない。例えば、構成要素の配置を限定しない(サーバ、端末に含まれる等の規定をしない)。間接侵害狙いの対応。
・実施事業を保護するクレームを充実させる(クレーム数に限度がある。次善策)。
(2)IoT特有の課題(一般)への対応策
・「IT」+「各技術分野」双方を理解できる人材による権利化の検討
・「ビジネス」+「技術」双方の視点での権利化の検討
・「特許」に加え、「著作権」「不競法」および「契約」で複合的に対応する(図6)。
3)IoT分散処理化により生じる課題への対応策
「エッジ・フォグ+α型」システムは複数のシステムを含むため、権利化においては、下記システムの発明を発掘・把握をする。
○分散化より生じるシステム
・システム全体
・クラウド-フォグ・エッジのシステム
・フォグ・エッジ-端末・機器システム
○協調・自律(連携)より生じるシステム
・フォグ・エッジ同士のシステム
・端末・機器同士のシステム
なお、特許出願においては、サーバ、端末、方法およびプログラムも検討必要である。
5.まとめ
今後、IoTの分散処理化が進むと考えられる。IoT分散処理型として、例えば、「エッジ・フォグ(+α)型」が様々な場面で活用されると考える。
IoTの分散処理化への対応度合いを調査した結果、現時点では分散処理化に対応した特許出願が少ないことが分かった。分散処理化への対応は今後の課題である。
IoT特有の課題(一般)への対応としては、「特許」に加え「著作権」「不競法」および「契約」で総合的に対応することが必要である。
IoT分散処理化により生じる課題への対応としては、「エッジ・フォグ+α型」システムに含まれる「複数のシステム」を発掘・把握することが必要である。
参考文献
[1] みずほ情報総研, “IoTの現状と展望-IoTと人工知能に関する調査を踏まえて-,” 2015年 No.3.
[2] 経済産業省商務情報政策局,“次を見据えた新たな「自律・分散・協調」戦略,” 平成28年3.28日.
[3] 川村龍太郎, “IoTとエッジコンピューティング,” 産業構造審議会 商務流通情報分科会 情報経済小委員会 分散戦略WG, 2016年3月28日.
[4] 乾利之,田中義敏, ”IoT関連発明の保護に関する一考察~IT関連発明の保護における課題を参考に~”,日本知財学会第14回年次学術研究発表会,2016