AI関連発明について特許出願を積極的にすべきか否かについての一考察

 近年、AI(Artificial intelligence)技術の研究・実装化が急速に進んでいる。AI技術は、第4次産業革命における重要な技術要素であると共に、Society 5.0 [1]における社会課題を解決する手段である。AI技術に対する重要性は、既に国内外で十分に認識されているところであり、AI関連発明に関する特許権取得は、社会的な影響という視点で重要であると共に、企業活動の競争力という視点でも大変重要な視点である。

 AI関連発明について積極的に特許出願する企業がある一方、いまだ多くの企業がAI関連発明の特許出願について積極的とは言えない、という状況であると推測される。これは、AI関連発明の創出・特許出願について、「様子見」「まだ関係ない」等の状態である企業、「ノウハウなので完全クローズ」と考えている企業が多いからであると推測される。

 しかし、AI技術の研究・実装化が進むなか、「様子見」「まだ関係ない」等の対応を続けられる時間的余裕があるのか、言い換えると「急ぎ対応する必要がある」状況になっているのではないか、また、「ノウハウなので完全クローズ」は有効な対応であるが、AI技術導入時に「ノウハウ技術が継続して使用できない(先使用権の範囲外)」となってしまうケースも多いのではないかと考える。

 上記を踏まえ、本考察においては、AI関連発明について特許出願を積極的に行うべきか否かを検討する。

 (IPNJ国際特許事務所 弁理士)乾 利之・(東京工業大学大 名誉教授)田中 義敏

 

Study on whether we should actively file patent applications for AI-related inventions

IPNJ PATENT ATTORNEYS OFFICE Toshiyuki, Inui; 

Tokyo Institute of Technology Yoshitoshi, Tanaka 

 

※ご留意:予稿原稿と発表原稿とをミックスした内容のため図表番号等にズレが生じております。

 

1.背景および目的

 近年、AI(Artificial intelligence)技術の研究・実装化が急速に進んでいる。AI技術は、第4次産業革命における重要な技術要素であると共に、Society 5.0 [1]における社会課題を解決する手段である。AI技術に対する重要性は、既に国内外で十分に認識されているところであり、AI関連発明に関する特許権取得は、社会的な影響という視点で重要であると共に、企業活動の競争力という視点でも大変重要な視点である。

 国内では、各省庁において、AI技術に関する施策や研究・調査が行われており、特許庁においても、審査基準を拡充・事例追加 [2]する等、知財面における対応を急速に進めている。現状では、世界で最もAI関連発明への対応を重視する国の一つであると言える。

 このような状況のなか、AI関連発明の特許出願は、各国において積極的に出願されており、特に、アメリカおよび中国において非常に積極的に出願されている。日本においても積極的に出願されているが、アメリカおよび中国に差をつけられているのが現状である。

 ここで、出願人別の出願件数では、出願件数TOP10のうち、アメリカ企業は3社、中国企業は1社であるが、日本企業は6社である [3]。日本企業が積極的に海外出願していることを踏まえても、日本国内におけるAI関連発明の特許出願(以下「AI特許出願」という。)の件数は少ないように感じる。

 上記より、日本国内において、AI関連発明について積極的に特許出願する企業がある一方、いまだ多くの企業がAI関連発明の特許出願について積極的とは言えない、という状況であると推測される。これは、AI関連発明の創出・特許出願について、「様子見」「まだ関係ない」等の状態である企業、「ノウハウなので完全クローズ」と考えている企業が多いからであると推測される。

 しかし、AI技術の研究・実装化が進むなか、「様子見」「まだ関係ない」等の対応を続けられる時間的余裕があるのか、言い換えると「急ぎ対応する必要がある」状況になっているのではないか、また、ノウハウなので完全クローズ」は有効な対応であるが、AI技術導入時に「ノウハウ技術が継続して使用できない(先使用権の範囲外)」となってしまうケースも多いのではないかと考える。

 上記を踏まえ、本考察においては、AI関連発明について特許出願を積極的に行うべきか否かを検討する。

 

2.調査・検討の概要

 AI特許出願に積極的でない企業等の意識・懸念事項等を推測・簡易化し、簡易化した事項ごとに、知財情報分析等を行い、AI特許出願を積極的に行うべきか否かを検討する。

1)「急ぐ必要があるか」

(1)知財状況分析:国内外の状況、技術・事業分野の状況、商標からの示唆

(2)有用なAI関連発明の数は限定

2)「出願・権利化につき有用性があるか」:出願実務、特許率、権利行使面

3)「ノウハウ保護の視点」:先使用権で保護されるか

4)「メリット・デメリットの比較」:積極的に出願した/しない場合での比較

3.「急ぐ必要があるか」

1)知財情報分析

 AI特許出願の状況を調査・分析する。近年におけるAI特許出願の状況を把握する。

(1)国内外の状況

 ①国内の状況

表1に示すように、AI特許出願の件数は増加してきており、特に近年(2017,18)は急上昇している。また、国内出願全体に対する割合も同様の増加しており、AI関連発明における特許出願の重要性が急上昇していることがわかる。

 また、表2に示すように、2010年の件数に対する割合も増加しており、特に2015年頃から増加が始まり、近年(2017,18)は急上昇していることがわかる。

 ②各国比較

国内視点では、AI特許出願が急増しており良好な状況に見えるが、世界的にみると十分であるとは言えない(遅れをとっている)状況である。アメリカは日本の7.4倍、中国は8.5倍、韓国は1.5倍である。

(2)技術分野ごとの状況

 表2に示すように、G06N(AIコア)を中心に、G06T(画像処理)、A61B(医学診断)、G05B(制御系・調整系一般)、G08G(交通制御)の技術分野におけるAI特許出願が急増している。これらの分野においては、AI特許出願が積極的になされている。

 また、併せて、近々(2019.01.01-2020.09.30の期間)におけるG06N(AIコア)×各セクションの公開件数を簡易調査し、AIコア技術が利用される技術分野の概要把握を試みた。その結果、Aセクション(生活必需品)では、医療診断、ゲーム・玩具系があり、Bセクション(処理操作;運輸)では、マニュピレータ、自動運転系、工作機械系があり、Cセクション(化学;冶金)では、酵素・微生物系、ゴム素材、鉄鋼製造系があり、Dセクション(繊維;紙)は無しであり、Eセクション(固定構造物)ではトンネル等を造る装置系があり、Fセクション(機械工学等)では、原動機等の制御系、燃焼制御系があり、Gセクション(物理学)およびHセクション(電気)は多数であった。

 表2と上記結果とを併せてみると、飲食品、化学品、化粧品、農林漁業等の分野は、AI特許出願が少ない分野であることがわかる。他の製造業種も同様であるが、特にこれらの分野は、製造条件等を含めて多くのノウハウを有する分野である。

(3)商標のからの示唆

 表3に示すように、AI技術キーワードを含む指定商品・役務は存在しており、当該分野における事業化が進んでいることが示唆されている。

 

2)有用なAI関連発明の数は限定

 AI関連発明は、解決すべき「課題」と、「課題」を解決する手段である「データ(セット)」とを抽出することで創出される。AI関連発明の創出で重要な要素は「課題」であり、「データ(セット)」は「課題」に対応・従属する。

 そして、各技術分野において、

 ①重要な「課題」の数は限定され、

 ②「課題」に対応する「有効なデータ種類・組み合わせ」の数も限定される。

 更には、AI関連発明は、「データ種類・組み合わせ」以外の構成要素があまりないため、「AI関連発明の数」は「データ種類・組み合せ」に依存(その数に近い)する。

 つまり、「AI関連発明数には限界」がある。そのため、早い者勝ちといえるので、「急いで対応する必要がある」といえる。

4.「出願・権利化につき有用性があるか」

1)出願実務面

 上述の通り、審査基準・事例が充実してきているため、発明発掘、クレーム作成、明細書作成等の出願業務における困難性は低減されており、格別に困難な作業ではないと考える。ソフトウェア発明の出願業務を担当したことがあれば、困難性はより少ない。

2)権利化の可能性(特許率)

 AI特許出願(AI関連発明)の特許率は、約77~81%であり、十分に高い特許率である。AI関連発明について特許出願した場合、従来の特許出願と同程度に特許されることが期待できる。

3)権利の有用性

 権利の安定性、権利行使の有効性は、今後の異議申立・無効審判の審決や訴訟の判決の蓄積を待つ必要がある。

5.「ノウハウ保護の視点」

1)先使用権で保護されるか

 ノウハウをクローズする戦略は重要な戦略である。特に、上述の飲食品、化学品、化粧品を含む製造業においては、ノウハウは差別化等において非常に重要な要素である。しかし、近い将来、多くの製造業の企業において、工場をスマート化し、AI技術を各工程で実装することが予想される。そして、AI化の後、ノウハウは保護されるかについて(1)(2)を例示(イメージ)して検討する。

(1)測定データ・組み合わせに基づいて配合設定(最適化)するノウハウ⇒「IoT化」でデータ化・自動化され「AI化」で自動最適化

(2)数値データを特定アルゴリズム処理するノウハウ⇒AI技術を利用した最適処理

 

 まず、(1)(2)のAI化後の技術が他社の特許発明である場合、原則、AI化後の技術(製造方法、データ処理)の実施は特許権侵害となり、AI化後のスマート工場でのノウハウ「測定データ・組み合わせ」等を利用した製造等は不可となる。

 次いで、「先使用権」によりノウハウの継続利用が可能であるかを検討する。先使用権は、「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において」認められる(特許法79条)ものである。

 そして、上記(1)(2)におけるAI後の技術(ノウハウ利用)は、「実施している発明の範囲外(AI技術追加・利用)」のため、「先使用権」で保護されない可能性が高い

 更に検討を進めると、工場等の「AI化」は、ほぼ確実であり、相当程度のノウハウはAI化後には先使用権の範囲外となる可能性が高く、言い換えると、完全クローズにする価値が無い(意味がない)可能性がある

 また更に検討を進めると、そうであれば、慎重を期する必要はあるが、ノウハウの最低限の開示は容認し、ノウハウ関連のAI特許出願を積極的に行うことは、有効な活動であると考える。

 6.「メリット・デメリットの比較」

上記「急ぐ必要があるか」「出願・権利化につき有用性があるか」「ノウハウ保護の視点」における各検討項目につき、「積極的に出願した場合」「積極的に出願していない場合」それぞれの立場で、メリット・デメリットを比較することで、各分野・各企業それぞれにおける対応を検討することができる。

 全体的には、「積極的に出願した場合」のメリットは大きく、デメリットは少ない。逆に、「積極的に出願していない場合」のメリットは少なく、デメリットは非常に大きい。そのため、「積極的に出願した場合」の立場の方が好適である。

 7.結論・まとめ

 上述の分析結果等より、「急ぐ必要がある」状況であること、未確定な部分はあるが「出願・権利化につき有用性がある」こと、AI化の進行により「ノウハウ」の有用性が減少するケースがあること等より、「AI関連発明について特許出願を積極的に行うべき」と考える。また、「メリット・デメリットの比較」においても「積極的に出願した場合」の立場の方が好適であるため、「AI関連発明について特許出願を積極的に行うべき」と考える。

 また特に、AI関連発明の数には限界があり、急ぎ積極的にAI関連発明の創出・出願することを推奨する。また、「ノウハウ」については、慎重を期する必要はあるが、最低限のオープンは容認し、「ノウハウ」を利用したAI関連発明を特許出願することを検討すべきであると考える。

<参考文献>

[1] 総務省, “第1章 第 4 次産業革命がもたらす世界的な潮流,” 第4次産業革命における産業構造分析とIoT・AI等の進展に係る現状及び課題に関する調査研究, p. 6, 2017.

[2] 特許庁, “AI 関連技術に関する事例について,”2019. [オンライン]. Available: https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/document/ai_jirei/jirei.pdf. [アクセス日: 30 9 2020].

[3]WIPO, “Technology Trends 2019 Artificial Intelligence,” 2019.

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