知財情報開示の効果に関する一考察 ~ESG投資やコーポレートガバナンス・コードへの対応~

 近年、社会や環境に関する国際的な目標・活動指標としてSDGs(持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals))が注目されている 。SDGsは、17の目標と169のターゲットからなる「持続可能な開発目標」であり、国・地方公共団体だけでなく、企業にとっても目標となっている。企業においては、SDGsの目標を経営戦略に組み込むことで、持続的な企業価値の向上が期待される。

 また、企業・投資の視点からは「ESG投資」が注目されている。「ESG投資」は、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を視点として企業活動を分析・投資する手法であり、企業における長期的・持続的な成長を重要視している。

 ここで、「知的財産」については、イノベーション促進や人材育成の視点から企業活動において重要であると共に、企業における長期的・持続的な成長に重要な要素であることが認識されてきている 。投資家・市場においても、更なる「知財情報の開示」が要望されてきている。

 このような要望をうけ、コーポレートガバナンス・コードにおいて「知的財産」に関連する情報開示に関する改定がなされている 。今後は「知的財産」に関する投資や社内資源の配分等についての情報開示(知財情報の開示)が更に求められる。

 「知財情報の開示」については、既に実施している企業も多い。ここで、「開示方法」「開示項目」「開示レベル」は各社ごとにバラつきがあるため、「知的財産投資・活用戦略に関する開示ガイドライン」の検討・策定が進められている。

 上述のような状況のなか、本研究は、従前の「知財情報開示」について開示内容等を調査し、「知財情報開示」の効果について検証すると共に、今後の「知財情報開示」における好ましい態様を検討するための視点を抽出することを目的とする。

 (IPNJ国際特許事務所 弁理士)乾 利之

 

Study on the Effect of IP Information Disclosure -Correspondence to ESG investment and corporate governance code-

IPNJ PATENT ATTORNEYS OFFICE Toshiyuki, Inui;

 

1.背景および目的

 近年、社会や環境に関する国際的な目標・活動指標としてSDGs(持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals))が注目されている。SDGsは、17の目標と169のターゲットからなる「持続可能な開発目標」であり、国・地方公共団体だけでなく、企業にとっても目標となっている。企業においては、SDGsの目標を経営戦略に組み込むことで、持続的な企業価値の向上が期待される。

 また、企業・投資の視点からは「ESG投資」が注目されている。「ESG投資」は、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を視点として企業活動を分析・投資する手法であり、企業における長期的・持続的な成長を重要視している。

 ここで、「知的財産」については、イノベーション促進や人材育成の視点から企業活動において重要であると共に、企業における長期的・持続的な成長に重要な要素であることが認識されてきている 。投資家・市場においても、更なる「知財情報の開示」が要望されてきている。

 このような要望をうけ、コーポレートガバナンス・コードにおいて「知的財産」に関連する情報開示に関する改定がなされている 。今後は「知的財産」に関する投資や社内資源の配分等についての情報開示(知財情報の開示)が更に求められる。

<知財関連部分の抜粋>

★上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。

★取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。

 「知財情報の開示」については、既に実施している企業も多い。ここで、「開示方法」「開示項目」「開示レベル」は各社ごとにバラつきがあるため、「知的財産投資・活用戦略に関する開示ガイドライン」の検討・策定が進められている。

2.調査・検討の概要

 本研究は、従前(「開示ガイドライン」策定前)の「知財情報開示」について開示内容等を調査し、「知財情報開示」の効果について検証すると共に、今後の「知財情報開示」における好ましい態様を検討するための視点を抽出することを目的とする。

「知財情報開示状況・レベル」「SDGs評価」と「企業価値・投資」の側面としての「株式売買総額(取引高)」「株価」との相関の有無を視点として検討・考察⇒今後の「知財情報開示」についての検討視点の抽出

<調査・検討>

1)従前の知財情報開示についての調査(開示状況等)

2)従前の知財情報開示の効果検証

(1)「知財情報開示レベル」と株式売買・株価等との関係

(2)「SDGsの評価」と株式売買・株価等との関係

3)今後の「知財情報開示」についての検討視点の抽出

1)調査・分析内容

(1)調査対象企業

・TOPIX Core30,TOPIX Large70のうち、「17業種区分」が「機械」「自動車・輸送機」「情報通信・サービスその他」「食品」「素材・化学」「鉄鋼・非鉄」「電機・精密」である企業(56社)

(2)調査対象の知財情報

・「HP(Webページ、特設サイト等)」に掲載された知財情報

・「統合報告書等(統合報告書、アニュアルレポート、CSRレポート、有価証券報告書等)」に開示された知財情報

(3)分析

 ・知財情報開示の状況:開示の有無(実質的な開示の有無(開示レベル評価が0、1は開示なしと評価))

 ・開示項目の抽出+各項目ごとの開示状況

 ・開示レベル評価(0~10の数値で評価、総合評価)

2)調査結果

(1)知財情報の開示率および開示形式

・全56社のうち、「知財情報の開示あり」の企業は37社(開示率66.1%)であった。

・開示の形式(パターン)は、①HP掲載等、②統合報告書等、③HP掲載+統合報告書等であった。開示レベルが高い企業の開示形式は、③のパターンが多かった。

・調査作業において「知財情報」の開示・掲載場所が見つけにくい企業が多いと感じた(投資機関等も同様に感じるのでは)。そのため、知財情報を統合報告書等に詳細に開示する場合であっても、アクセス性の良いHPへの掲載も並行して実施することが好ましいと感じた。

(2)分野ごとの開示レベル

 知財情報の開示レベルを0~10の数値で評価した。

表に示すように、「素材・化学」「電気・精密」分野の開示レベルが高いことがわかった。「素材・化学」は開示レベルが平均的に高く、「電気・精密」は開示レベルが非常に高い企業が複数含まれている。「情報通信・サービスその他」分野の開示レベルが低いことがわかった。開示レベルが比較的高い企業が複数ある反面、半数以上の企業において開示評価値が0、1(付言、行動規範、事業リスクとして定型記載のみ)という状況であることがわかった。

(3)知財情報の開示項目および開示率

 知財情報として、表に記載された項目等が開示されている。各社ごとに開示項目・内容は相違するが、共通して開示されている(開示率:高)項目としては「リスク等」「特許件数等」「体制」「全社方針」「ガバナンス等」「知財方針等」があげられる。「リスク等」「ガバナンス等」は定型に近いので、実質的には「特許件数等」「体制」「全社方針」「知財方針等」が共通して開示される重要項目であると考える。

 開示率が低い項目は、「IP投資」「政策提言等」「標準化等」「技術移転」「協働活動」「商標件数等」である。今後開示率を上げるべき項目は、例えば、「IP投資」「協働活動」「標準化」等であると考える。表に開示された開示項目・開示率は、「今後の知財情報開示」において参考にすべき事項であると考える。

4.従前の知財情報開示の効果検証

1)調査・検証の内容

(1)株式売買等の情報(年度):各社の年間出来高、平均株価(みなし平均株価、各月の調整済終値の合計÷12)を収集・算出した。

(2)SDGsの総合評価:2019年のSDGs企業ランキング(特許庁)を参照。各社ごとに各目標における順位を評価(0~10の評価値)。複数目標でランキングされている場合には、評価値を合算して総合評価値を算出した。

(3)上記取得した情報および算出した評価値等により、以下の関係について検証した。

 ①知財情報開示レベルと株式売買・株価等との関係

 ②SDGsの評価と株式売買・株価等との関係

 

※事業活動(売上、利益、利益率)との相関も検討

  ⇒全く相関無し(知財情報の開示(レベル)による売上・利益・利益率への影響は想定しにくい(少なくとも本対象企業群について))

 

★本調査研究では上述のような結果であったが、事業活動との相関については、開示の有無自体の差異の検証(有/無グループに分けて検証)、異なる企業群(市場区分、株価インデックス区分等)も含めた調査分析を追加で行う予定です。

2)調査・検証結果

 上記(3)①②の調査・検証結果を表4に示す。表4に示すように、以下の相関について調査・評価した。また、分野(業種区分)ごとにおける相関についても評価した(参考)。

・知財情報開示評価値(開示レベル)-年間出来高の相関⇒相関なし

・知財情報開示評価値(開示レベル)-平均株価の相関⇒相関なし

SDGs(総合評価値)-年間出来高の相関⇒相関あり

※追加調査:SDGs(平均評価値(複数目的の評価値の平均)-年間出来高の相関⇒相関あり

・SDGs(総合評価値)-平均株価の相関⇒相関なし

 全体的な評価としては、従前の「知財情報開示」による「株取引高」「株価」への影響は大きくなかったと考えられる。

 また、SDGsに関連する知財活動は、「株取引高」に影響を及ぼす可能性があることが示唆された。

 

5.今後の「知財情報開示」についての検討視点の抽出

1)市場・投資家側の視点

・従前の「知財情報」の開示は「株取引高」「株価」に影響を与えることができていなかった可能性がある。そのため、市場・投資家の視点で、開示すべき「知財情報」を再検討する必要がある。

2)戦略的な特許出願+情報開示

・「SDGs」に関連する特許出願の実績は「株取引高」に影響を与える可能性が高い。「SDGs」に関連する特許出願活動は企業にとって有益であると認識される。

・「SDGs」に関連する特許出願活動(+R&D)を戦略的に実施すると共に、特許出願状況・ポートフォリオの内容を知財情報として開示する。

3)不足項目の追加

・改定されたコーポレートガバナンス・コードにより開示が要求されている項目および、改定にいたった潜在的・顕在的な理由を踏まえた項目の追加

・例えば、現状の知財情報開示において開示率が低い「IP投資」や、事業(ビジネスモデル)と知財の関係、イノベーション創出のための知財活動や知財教育活動、ブランド戦略と知財との関係等についての知財情報開示

4)競合他社との差別化

・上述した策定が予定されている「開示ガイドライン」に沿った定型的な開示項目のほか、競合他社と差別化できる知財情報・項目の検討

5)知財情報へのアクセス性

・知財情報へのアクセス性を改善するための開示方法・項目・開示レベルの検討

6.まとめ

○全56社のうち、「知財情報の開示あり」の企業は37社(開示率66.1%)であった。

○「素材・化学」「電気・精密」分野の開示レベルが高く、「情報通信・サービスその他」分野の開示レベルが低いことがわかった。

○共通開示項目は「リスク等」「特許件数等」「体制」「全社方針」「ガバナンス等」「知財方針等」。開示率が低い項目は「IP投資」「政策提言等」「標準化等」「技術移転」「協働活動」「商標件数等」。

○知財情報開示の効果検証の結果

 ・知財情報開示評価値(開示レベル)-年間出来高・平均株価⇒相関なし

 ・SDGs(総合評価値)-年間出来高の相関⇒相関あり

  ※追加調査:SDGs(平均評価値)-年間出来高の相関⇒相関あり

 ・SDGs(総合評価値)-平均株価の相関⇒相関なし

 ・従前の「知財情報開示」による「株取引高」「株価」への影響は大きくなかった     

 ・SDGsに関連する知財活動は、「株取引高」に影響を及ぼす可能性があることが示唆

○今後の「知財情報開示」についての検討視点の抽出

1)市場・投資家側の視点の視点、2)戦略的な特許出願+情報開示:「SDGs」に関連する特許出願活動(+R&D)を戦略的に実施すると共に、特許出願状況・ポートフォリオの内容を知財情報として開示、3)不足項目の追加:「IP投資」「事業(ビジネスモデル)と知財の関係」「イノベーション創出のための知財活動」「知財教育活動」「ブランド戦略と知財との関係」等、4)競合他社との差別化:競合他社と差別化できる知財情報・項目の検討、5)知財情報へのアクセス性の向上

 

8.今後の課題

策定される「開示ガイドライン」に基づく知財情報開示の効果の検証

 ⇒効果があると思われる+数年後に効果の検証

各レイヤーの企業ごとの知財情報開示の効果の検証

 本調査研究では、TOPIX Core30,TOPIX Large70を調査対象としていたので、他のレイヤー・区分の企業における知財情報開示の効果の検証(特に、2部、中小企業、ベンチャー企業の場合、全く異なる調査分析結果になる可能性あり)

○上述の「2)戦略的な特許出願+情報開示:「SDGs」に関連する特許出願活動(+R&D)を戦略的に実施すると共に、特許出願状況・ポートフォリオの内容を知財情報として開示」につき

⇒ 「SDGs」に関連する特許出願活動(+R&D)を戦略的に実施する社内体制・戦略の検討

○外部に開示される知財情報のデザインという視点・戦略

<参考文献>

[1]国際連合, “持続可能な開発 2030アジェンダ,” [オンライン]. Available: https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/. [アクセス日: 2021.9.30].

[2]内閣府知的財産戦略推進事務局, “知的財産の投資・活用促進,” 2021.4.9

[3]JPX, “マーケットニュース,” [オンライン]. Available: https://www.jpx.co.jp/news/1020/20210611-01.html. [アクセス日: 2021.9.30].

[4]内閣府知的財産戦略推進事務局, “知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会,” [オンライン]. Available: 

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/index.html. [アクセス日: 2021.9.30].

[5]JPX, “TOPIX(東証株価指数),” [オンライン]. Available: 

https://www.jpx.co.jp/markets/indices/topix/#heading_3. [アクセス日: 2021.9.30].

[6] Yahoo!, [オンライン]. Available: https://finance.yahoo.co.jp/. [アクセス日: 2021.9.30].

[7]JAPIO, “2019年のSDGs企業ランキング(日本特許庁),” [オンライン]. Available: https://transtool.japio.or.jp/work/data/SDGs_ranking_2019.pdf. [アクセス日: 2021.9.30].

 

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