本調査研究は、AI特許出願数と企業価値の変化との関係を検討することで、AI特許(発明)が企業価値向上に寄与するか否かを検討することを目的とする。
<結論概要>
・AI特許(数)は企業価値UPに寄与することが期待される。
・AI特許のうちAIコア(G06N)特許は企業価値の中長期的なUPに寄与することが期待される。
・AI特許のうちAIビジネス(G06Q)特許は企業価値の短期的なUPに寄与することが期待される(近年のUP率に影響していること、AIコア(G06N)とは異なり、幅広い業種の企業による発明・出願・実装が可能であることから、今後、競争が激化する領域)。
近年、人工知能(Artificial Intelligence、以下「AI」)の研究・実装化が急速に進んでいる。AIは、第4次産業革命における重要な技術要素である。また、AIは、単に重要な技術要素であるだけでなく、Society 5.0 [1]における社会課題を解決する手段としても位置付けられている。
AIに対する重要性は、既に国内外で十分に認識されているところであり、研究・実装化とともに、AI関連発明の特許出願も積極的に行われている。AI関連発明の特許出願件数は、2015年ころから増加をはじめ、近年では急激に増加している(図1)[2]。
さらに、最近の現象として、ChatGPT(OpenAI社)やCopilot(Microsoft社)等の生成AIの利用が急速に拡大しているところ、企業においては、生成AIを企業活動の効率化や経営課題の解決の手段として利用しはじめている[3]。
また、近年、企業・投資の視点からは「特許等の知的財産」が注目されている。「特許等の知的財産」については、イノベーション促進や人材育成の視点から企業活動において重要であると共に、企業における長期的・持続的な成長に重要な要素であることが認識されてきている[4]。「特許等の知的財産知的財産」は、企業価値向上に寄与する重要な要素であると認識されている。
上述の通り、AIは、急速に進化すると共に適用領域も大幅に拡張しており、企業にとっても、技術開発や事業活動における重要な要素・視点となっている。
また、AIの利用および発明は、事業活動における優位性の確保に大きな影響を与えると考えられる。そして、AI発明の創出およびAI特許取得により、知的資産の蓄積や、優位性が確保された事業活動を通じた株価の上昇等の企業価値向上が期待される。
本調査研究は、AI特許出願数と企業価値の変化との関係を検討することで、AI特許(発明)が企業価値向上に寄与するか否かを検討することを目的とする。
また、併せて、仮説①~⑥についても調査検討・検証する。
上述の目的に対応した仮説①が中心であるが、仮説①を確認・検証する過程で派生した仮説②③④⑤⑥についても並行して確認・検証等する。
仮説①AI特許出願数が多い企業ほど、企業価値(時価総額)がUPする(UP率が高い)
仮説②AI特許出願数が多い企業群においては、 AI特許出願数が多い企業ほど、企業価値がUPする(UP率が高い)
仮説③企業価値UP率が高い企業ほど、AI特許出願数が多い
仮説④AIコア/AIビジネス特許出願の件数が多いほど/割合が高いほど、企業価値がUPする(UP率が高い)
仮説⑤上記①~④につき、相関が確認できる領域は(一定数のAI特許出願数がある企業群、企業価値UP率が高い企業群、特定事業領域等に)限定されるか
仮説⑥AI特許出願の割合が高い企業ほど、企業価値がUPする(UP率が高い)
1)対象・指標・調査方法
(1)対象企業:TOPIX Core30+Large70(99社)
(2)時価総額(各年末(一部年度末)2014-2023年の10年間分)※IRバンク[5]
(3)AI特許件数
①調査データベース:パテント・インテグレーション
②調査対象期間:出願公開 2014年1月~2024年9月
③検索条件::FI+キーワード(要約・請求範囲)
※AI関連発明の出願状況調査報告書(特許庁)[2]に記載のFI、キーワードを参考に設定
2)調査内容・分析指標⇒分析(AI特許件数・割合-企業価値UP率との相関確認)
(1)時価総額UP率(比較年に対する2023年の各社時価総額のUP率)
・対2014年/対2019年/対2021年に対するUP率(長期/中期/短期でのUP率)
(2)AI関連特許(以下「AI特許」)
・AI特許全体: 各社件数、各社特許全体に対する割合
・AIコア特許(G06N): 各社件数、各社特許全体に対する割合、各社AI特許全体に対する割合
・AIビジネス特許(G06Q):各社件数、各社特許全体に対する割合、各社AI特許全体に対する割合
(3)調査結果概要
下表にAI特許件数・割合と時価総額UP率のまとめ(抜粋)を示す。下表では、対象企業全社平均(全体平均)、各業種の各平均値を示すが、分析においては、各企業ごとの件数・割合、時価総額UP率を用いて相関関係等を分析等している。
下表より、AI特許出願数の多い業種、特許出願数は少ないがAI特許出願の割合が高い業種、AIコア特許出願の多い業種、AIビジネス特許出願の多い業種等を把握できる。また、これらの出願数等と時価総額IP率との関係により、AI特許・AIコア特許・AIビジネス特許出願数と時価総額UPとの関係を観察することができる。また、以下においては、上述の通り、各企業ごとの件数・割合、時価総額UP率を用いて相関関係等を詳細に分析等している。
<AI特許の件数・割合-企業価値UP率との相関確認>
1)全体:各社件数・各社特許全体に対する割合・各社AI特許全体に対する割合-時価総額UP率(対2014年/対2019年/対2021年)
・「 AI特許全体(各社件数、各社特許全体に対する割合)」ー「時価総額UP率(対2014年/対2019年/対2021年)」
・「 AIコア特許(G06N)(各社件数、各社特許全体に対する割合、各社AI特許全体に対する割合)」ー「時価総額UP率(対2014年/対2019年/対2021年)」
・「 AIビジネス特許(G06Q) (各社件数、各社特許全体に対する割合、各社AI特許全体に対する割合)」ー「時価総額UP率(対2014年/対2019年/対2021年)」
2)上位群
(1)件数・割合上位群(各平均以上の企業)を対象に相関確認
・上記1)(1)~(3)について、件数・割合上位の企業群に限定して分析
(2)時価総額UP率上位群(各平均以上の企業)を対象に相関確認
・上記1)(1)~(3)について、時価総額UP率上位の企業群に限定して分析
分析結果を下表にまとめる。
下表は、AI特許件数・割合(全体、AIコア、AIビジネス)と時価総額アップ率(対2014年、2019年、2021年)との相関関係の有無について評価した内容をまとめた表である。
各欄(セル)には、それぞれについての相関の有無の評価(○△×)が記載されている。例えば、左上欄(セル)は、AI特許全体の件数ー対2014年の時価総額UP率の相関の有無の評価(×)が記載されている。相関評価は、下図のように相関グラフを確認し、評価している。
また、上述の通り、対象企業群として、全体+上位群(時価総額上位)+上位群(件数・割合)について、上記の相関を確認・評価している。
2)分析結果および考察
(1)件数の視点
・「件数」-「時価総額UP率」の相関性は比較的高い。特に、件数上位群における相関性は高い。⇒件数が多い企業群・業種・事業分野等においては相関性が高いことが期待される。当該企業群・業種・事業分野における調査研究は有効であると予想される。上位群等においては、AI特許件数が多いほど、企業価値UPする⇒企業価値UPに寄与することが期待される。
(2)割合の視点
・「(特許全体に対するAI特許等の)割合」-「時価総額UP率」の相関性は低い。企業内におけるAI特許等の割合よりも、AI特許等の件数自体が多いことが重要であることが示唆された(つまりAI発明・特許だけ別扱いで推進することも企業価値(時価総額)UPに寄与)。
・AIコア特許(G06N)、AIビジネス特許(G06Q)の「(AI特許全体に対する)割合」-「時価総額UP率」の相関性は高い。
⇒AIコア特許(G06N)、AIビジネス特許(G06Q)は、企業価値(時価総額)UPに寄与することが示唆された。
(3)AI特許全体
・件数との相関:件数上位群の相関性高い。企業価値(時価総額)UPに寄与。
・割合との相関:相関性低い。
(4)AIコア(G06N)
・件数との相関:件数上位群の相関性高い。企業価値(時価総額)UPに寄与。
・割合との相関:相関性低い。
・AI特許全体に対する割合:対2014・2019は相関性高い。
・企業価値(時価総額)の中長期(+短期)的なUPに寄与することが期待される。
(5)AIビジネス(G06Q)
・件数との相関:件数上位群の相関性比較的高い。企業価値(時価総額)UPに寄与。
・割合との相関:相関性比較的低い。
・AI特許全体に対する割合:上位群の相関性高い。対2021は全体・上位ともに相関性高い。
・企業価値(時価総額)の短期的なUPに寄与することが期待される。今後の企業価値(時価総額)UPにおける重要な要素になることが示唆された。AIコア(G06N)とは異なり、幅広い業種の企業による発明・出願・実装が可能。多数の企業のにおける企業価値UP率は、AIビジネス(G06Q)発明・特許への取り組みにより左右される可能があることが示唆。近年のUP率に影響していることからも、現在・今後の重要対応領域であり、競争が激化する領域になると考える
(6)時価総額(全体・上位)
・時価総額上位群:件数・割合との相関は非常に低い(時価総額UPの要因は色々ある)。
・全体的に、対2019は相関性が比較的高く、2014は低い。
(7)その他
・AI特許件数・割合-企業価値(時価総額)の相関性調査等は、調査期間は3~5年程度が妥当か。
(8)今後の課題
・AI特許数件数が多い企業群・業種・事業分野等における調査研究
・TOPIX以外の区分における企業群の調査研究
<上述の仮説①~⑥について>
上述の仮説について、上述の分析結果を踏まえ、簡易検証結果を以下に簡単にメモする。
・仮説①(+②③④)AI特許出願数が多い企業ほど、企業価値(時価総額)がUPする(UP率が高い)
⇒○件数上位群において、AI特許出願数が多い企業ほど、企業価値(時価総額)がUPする(UP率が高い)ことが示唆された。
・仮説②AI特許出願数が多い企業群においては、 AI特許出願数が多い企業ほど、企業価値がUPする(UP率が高い)
⇒○(上記)
・仮説③企業価値UP率が高い企業ほど、AI特許出願数が多い
⇒×(企業価値UP率が高い理由は他にも色々ある)
・仮説④AIコア/AIビジネス特許出願の件数が多いほど/割合が高いほど、企業価値がUPする(UP率が高い)
⇒○件数(件数上位群において)/AIコア:中長期・短期とも○。AIビジネス:短期○。
⇒△割合/AIビジネス:短期(対特許全体・対AI特許)○
・仮説⑤上記①~④につき、相関が確認できる領域は(一定数のAI特許出願数がある企業群、企業価値UP率が高い企業群、特定事業領域等に)限定されるか
⇒件数上位群が好適:件数多い企業群/件数多い業種が、より相関確認できる群と思われる
・仮説⑥AI特許出願の割合が高い企業ほど、企業価値がUPする(UP率が高い)
⇒×(件数の影響大、AIビジネス特許の割合は影響するか)
○「件数」-「時価総額UP率」の相関性は比較的高い。特に、件数上位群における相関性は高い。件数上位群等においては、AI特許出願は企業価値(時価総額)UPに寄与することが示唆された。
○AI特許のうち、AIコア特許(G06N)、AIビジネス特許(G06Q)は、企業価値(時価総額)UPに寄与することが示唆された。
○AIコア(G06N):企業価値(時価総額)の中長期(+短期)的なUPに寄与することが期待される。
⇒非常に有効である。ただし、対応できる企業は限られる
○AIビジネス(G06Q):企業価値(時価総額)の短期的なUPに寄与することが期待される。
⇒今後の企業価値(時価総額)UPにおける重要な要素になることが示唆された。
⇒AIコア(G06N)とは異なり、幅広い業種の企業による発明・出願・実装が可能。
⇒多くの(ほとんどの)企業のにおける企業価値UP率は、AIビジネス(G06Q)発明・特許への取り組みにより左右される可能性があることが示唆。近年のUP率に影響していることからも、現在・今後の重要対応領域であり、競争が激化する領域になると考える。
○その他(雑感)
・AI特許件数・割合-企業価値(時価総額)の相関性調査等は、調査期間は3~5年程度が妥当か(短期:相関でにくい(株価全体が上下する年もある)、短期と長期との間)
○今後の課題
・AI特許数件数が多い企業群・業種(「情報・通信業」「精密機器」「電気機器」「輸送用機器」等)・事業分野等における調査研究
・TOPIX以外の区分における企業群の調査研究
<参考文献>
[1] 総務省, “第1章 第 4 次産業革命がもたらす世界的な潮流,” 第4次産業革命における産業構造分析とIoT・AI等の進展に係る現状及び課題に関する調査研究, p. 6, 2017.
[2] 特許庁, “AI関連発明の出願状況調査報告書,”2022. [オンライン]. Available: https://www.jpo.go.jp/system/patent/gaiyo/sesaku/ai/document/ai_shutsugan_chosa/hokoku.pdf [アクセス日: 2024.10.25].
[3] 乾利之,知財情報分析による企業活動における重要な課題についての調査検討 ~AIを利用したビジネス関連発明における解決課題の分析~,日本知財学会第21回年次学術研究発表会,2023
[4]内閣府知的財産戦略推進事務局, “知的財産の投資・活用促進,” 2021.4.9
[5] IR BANK, “時価総額統計情報,” [オンライン]. Available:
https://irbank.net/stat/cap [アクセス日: 2024.10.25].
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